CAPDEPORC

かっぷだぽるく

南の境界線

Captura de pantalla 2016-04-06 a les 13.12.17

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昨年の夏に「国境の南〜タラハル海岸の死の悲劇から一年」のタイトルで行ったモロッコの不法移民キャンプに暮らす人びとの写真に、地中海を渡る移民の背景の説明を加えた新たな構成となります。

地中海の危機を巡っては、昨年の夏のドイツ首相メルケルの難民受け入れ宣言以来、EUはシリア内戦を主要な原因とみなして対策を採ってきましたが、欧州で不法移民と呼ばれる地中海を渡る移民の問題が浮上したのは、シリア内戦が始まる遥か前の1990年代半ば。そして、その舞台はアフリカ大陸とヨーロッパ大陸が最も近づく地点ジブラルタル海峡でした。

そして、当事国であるスペインで海を渡る不法移民が大きな注目を集めたのは1997年10月。ブラジル人写真家セバスティアン・サルガドがエル・パイス紙の日曜版別冊に発表した命がけでジブラルタル海峡を渡ろうと試みる移民のフォトレポート「Pateras-Morrir a las puertas de Europa(パテラー欧州の玄関口で死ぬこと)」がきっかけです。

Cover Gibraltar,

ちなみに、Patera パテラというのは、写真にあるような木製の小型ボートのこと。パテラで辿り着けるもう一つの欧州への扉はスペイン領カナリア諸島で、多国籍企業が乱獲を始めたことにより漁で生計が立てられなくなったセネガルの漁民たちは、自分の船を操って目の前に浮かぶ欧州の飛び地を目指しました。多国籍企業によるアフリカ大陸の資源の搾取は、2004年の公開されたフーベルト・ザウパー監督のドキュメンタリー映画『ダーウィンの悪夢』の中にも生々しく描かれています。

先日亡くなったイタリアの作家ウンベルト・エーコは1997年1月にバレンシアで行った講演の中で、次のように述べました。

ヨーロッパが相変わらず移民の事例として扱おうとしている現象は、どれも実は移住の事例なのである。第三世界がヨーロッパの扉を叩いているのだ。そしてヨーロッパがどうぞと言わなくても入ってくるのだ。問題はもはや、チャドルをつけた女子学生がパリで受け入れられるか、ローマにいくつモスクを立てなければならないかを決断する(と政治家が信じたふりをしているような)ことではない。問題は次の千年の間に(予言者でないわたしには、いつと断定できないが)、ヨーロッパが多民族大陸に、あるいはそう呼ぶ方がよければ、「有色」大陸になるだろうということだ。もしあなた方が望めばそうなるだろうし、望まなくても、やはりそうなるだろうということだ。(『永遠のファシズム(岩波書店)』翻訳・和田忠彦より)

国境を開けーティケン・ジャー・ファコリー

国境を開け 国境を開け

あなたたちは毎年やって来る 夏でも冬でも

私たちはあなたたちを受け入れる いつも両腕を広げて

ここであなたたちは我が家のように過ごす

結局のところ そんなことはどうでもいい

旅立ちたい私たちに 扉を開いてくれ

国境を開け 国境を開け

ジブラルタル海峡

あなたたちのように予約なしで来たいと望む

私たちは何千人もいる

私たちは旅行もしたいし 労働もしたい

しかし 私たちはビザの発行を拒まれてしまう

国境を開け 国境を開け…

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投稿日: 2016年4月24日 投稿者: カテゴリー: 2016年春

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